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徳島地方裁判所 平成5年(ワ)79号 判決 1996年3月29日

原告(第一、第二事件)

藤岡泰廣

原告(第一、第二事件)

井村文明

原告(第一、第二事件)

安藝益世

原告(第一、第二事件)

月岡公美

原告(第一事件)

杢保功

原告(第一、第二事件)

服部宣博

右原告ら訴訟代理人弁護士

林伸豪

川真田正憲

被告

有限会社城南タクシー

右代表者代表取締役

三木一義

右訴訟代理人弁護士

山田忠史

清水英昭

主文

一  被告は、原告らに対し、別紙認容額一覧表(一)及び(二)の合計欄記載の各金員並びに右一覧表(一)の未払割増賃金欄記載の各金員に対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員及び右一覧表(二)の未払割増賃金欄記載の各金員に対する平成六年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項中の、別紙認容額一覧表(一)及び(二)の未払割増賃金欄記載の各金員並びに右一覧表(一)の同欄記載の各金員に対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員及び右一覧表(二)の同欄記載の各金員に対する平成六年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(第一事件)

被告は、原告ら各自に対し、別紙請求額一覧表(一)の請求金額欄記載の金員及びこれに対する平成五年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告は、原告杢保功を除く原告ら各自に対し、別紙請求額一覧表(二)の請求金額欄記載の金員及びこれに対する平成六年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、タクシー運転手の原告らが、同人らを雇用する被告との間で、賃金をタクシー料金の月間水揚高に対する一定の歩合を乗じた額とする(以下「オール歩合給」という。)契約を締結していたが、被告が時間外労働、深夜労働(以下両者併せて「時間外労働等」という。)に対する賃金の割増部分(以下「割増賃金」という。)を支払わないとして、平成二年一二月から平成四年一一月までの間(第一事件)及び同年一二月から平成六年一〇月までの間(第二事件)の割増賃金と労働基準法(以下「労基法」という。)一一四条による付加金の支払を求めた事案である。

(争いのない事実)

一  当事者

1 被告は、一般旅客運送事業(いわゆるタクシー業)を営む有限会社である。

2 原告らは、別紙請求額一覧表(一)及び(二)の入社年月日欄記載のとおり被告へ入社し、原告杢保功(以下「原告杢保」という。)が平成四年一一月一三日に退社したほかは、現在まで稼働している。

二  原告らと被告との間の賃金に関する契約

1 原告らと被告との間の労働契約においては、賃金は毎月末日締めで、翌日(ママ)五日に支払う旨の合意があった。

2 被告には昭和五五年五月一日実施の就業規則及びこれを受けた賃金規定が作成されている。

三  原告らの就労時間と支給を受けた賃金

1 原告らの就労時間

原告らの勤務形態は隔日勤務と日勤とがあり、それぞれについて始業時刻及び終業時刻が定められている。

2 原告らの時間外労働及び深夜労働

原告らは、平成二年一二月から平成六年一〇月までの間、通常の労働時間のほか時間外労働等に従事した。ただし、原告杢保については、平成四年一一月一三日までの間である(以下、原告杢保の就労期間については同様である。)。

3 原告らは、被告から、平成二年一二月から平成六年一〇月までの間、それぞれの月の賃金の支給を翌月五日に受けたが、賞与は別として右のほかには賃金は支払われていない。

(争点)

一  原告らに対する割増賃金の支払の有無

1 原告ら

(一) 原告らと被告との間の賃金に関する契約はオール歩合給とするというものであった。

(1) 原告らは被告との間で、賃金について、毎月末締めで、隔日勤務の乗務員については月三八万円、日勤務の乗務員については月四三万円の売上ノルマを達成すれば当月の総水揚高の四五パーセント、右ノルマに達しない者は当月の総水揚高の四〇パーセントを翌月五日に支給を受ける旨、及び一二月から翌年五月まで、六月から一一月までの各半年間の売上の各五パーセントの額を六月一五日、一二月一五日に支払う旨を合意した。右の歩合率は、平成四年四月から、ノルマを達成した場合四七パーセント、達しない場合四二パーセントに変更された(以下、右変更前後の歩合率を併せて「本件歩合率」という。)。そして、実際、被告はこれまで右のとおり賃金を支給してきた。

(2) 被告が平成元年に改訂した賃金規定は、昭和六三年以前の給与明細及び賃金規定においては、割増賃金の未払が形式的、外形的にも明らかであることから、規定を改変し、外形的に割増賃金の未払を隠蔽しようとする意図のもとになされたものである。その理由は次のとおりである。

<1> 賃金規定は労働実態とかけはなれた内容となっている。タクシー乗務員の仕事は勤務表どおりにゆくものではなく、配車注文があれば被告は配車するし乗務員は運転する。

<2> 賃金規定の概算支給率及び歩合給率の設定数字は、合理性がなく恣意的なものである。賃金規定によると、いずれについても日勤者と隔日勤務者とで差を設けているが、差別を設ける筋合いのものではないことは明らかである。特に、歩合給率については、隔日勤務者は日勤者より設定数字が低く抑えられているが、これは前者が後者に比べて時間外労働時間、深夜労働時間が多く、したがって割増賃金の支払額が多くなるからこれを低く抑えるためである。

<3> 賃金規定の賃金算出式は、一見極めて把握しにくい内容となっているが、この式を展開すると、結局、賃金イコール営収額掛ける本件歩合率となる。すなわち、被告は、賃金算出式において、固定給部分、歩合給部分、それらに対する割増賃金部分を計上しながら、巧みに数字合わせをしているが、乗務員に対する賃金は結局は歩合給一本である。

<4> 有給手当、無事故手当、皆勤手当等の支給、不支給によって数字が異なってくるとしてもオール歩合給であることに変わりはない。有給手当は有給休暇をとりすぎればノルマの達成が不可能となり結局賃金低下につながることが明らかであり、したがってノルマ達成という足かせをした上での法律上支給しなければならない手当という形式をとっており、オール歩合給であるということを動かすものでない。無事故手当、皆勤手当は、例えば事故を起こせばペナルティを課すという形で賃金から差し引くという形を取っており、このことをもってオール歩合給の本質を動かすものではない。

(二) 原告らは、被告の指示に基づいて、時間外労働等に従事したが、被告は、時間外労働等に対する割増賃金を支払わない。原告らが受けるべき割増賃金は、別紙請求額一覧表(一)及び(二)の未払割増賃金欄記載の額である。

2 被告

(一) 原告らと被告との間の賃金に関する契約は、オール歩合給ではなかった。

(1) 被告は、就業規則及びその附属規定である賃金規定で賃金体系を規定しているが、これによると、基準内賃金として、基本給、皆勤手当、無事故手当及び愛車手当からなる「基本給等」(定額給)並びに「出来高給」(歩合給)が規定され、「基本給等」及び「出来高給」にはそれぞれ基準外賃金として時間外勤務手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当が支払われることになっている。被告は、右就業規則及び賃金規定を被告の事業所内の壁に常に掲示して原告らが自由に閲覧できるようにしている。また、原告らに毎月渡される給与支給明細書及び原告らが毎月署名もしくは押印する賃金台帳にも賃金計算を行うに必要な項目と金額は全て羅列されており、原告らはこれら賃金の内容、計算方式につき熟知し、合意しているものである。

(2) オール歩合給でないことの根拠は次のとおりである。

<1> タクシー乗務員の賃金は、被告の就業規則を受けた賃金規定に規定されている。これには、基本給等、出来高給、基準外賃金の三項目が定められ、基準外賃金の項目には時間外労働割増賃金、深夜労働割増賃金及び休日労働割増賃金の各計算方法が具体的に規定されている。そして、被告は、従前よりこの規定に従って基本給等、歩合給、基本給等に対する割増賃金、歩合給に対する割増賃金といった給与項目に分けられ計算された賃金を支給し、原告らはこれを受領している。

<2> 原告らが入社した当時、被告には総評全国一般労働組合城南タクシー支部があり、乗務員入社時に労働協約に基づき賃金を支給することの説明をしていないはずがない。たとえば、被告は、原告井村文明に労働協約を読み聞かせ、その証拠として同人自身の署名、押印を求めていた。高橋伸治、後藤堯夫についても同様である。

<3> 被告は、原告らに対し、毎月給与の明細票を渡しているが、昭和六三年九月までの給与明細票には「歩合給」、「基本給」、「無事故手当」、「皆勤手当」、「愛車手当」の各項目の外、「時間外残業」及び「深夜(日勤)」の項目を設け、各項目毎の金額を合計したものが賃金額として表示してあった。昭和六三年一〇月分以降はコンピューター導入に伴って、「時間外残業」、「深夜(日勤)」にかわり「時間外手当」、「歩合超勤手当」の項目を設けている。また、これらの項目は賃金台帳にも設けられ、原告らは同台帳に署名している。

<4> 仮に、オール歩合給だとした場合、売上に対する賃金の割合である歩合の率が定まることが不可欠であるが、原告らと被告との間で歩合の率を定め、合意したことはない。

<5> 原告らの主張するオール歩合給をとると仮定した場合と原告らに現実に支払われている金額との間には次のとおり差が生じる。

ア 原告らの計算に比べ、賃金規定より支給される賃金はある程度高い額であって、両者は一致していない。

イ 賃金規定によれば、被告は欠勤控除もしくは不就労控除ができることになっており、現実にもこれらの控除を行っているが、これらの控除があった場合、同じ売上をした場合にも賃金額に差が生じる。そもそもこれらの控除は原告らのいうオール歩合給では説明がつかない性質のものである。

ウ 乗務員が有責事故を起こした時は無事故手当が控除されるが、この際にも賃金に差が生じ、これもオール歩合給では説明がつかないものである。

エ 乗務員が有給休暇をとったとき、有給額は、この場合にも賃金に差が生じ、これもオール歩合給では説明がつかないものである。

<6> 会社の維持、存続の観点からいえば、原告らの主張が認められた場合、被告には、乗務員に対し、そのような高額の賃金を支払う財源はなく、労務倒産することは必至である。

<7> タクシー会社は、事業の貸渡し等(傭車)を禁止されている。オール歩合給は、被告が傭車を行っているというおそれを生じさせ、脱法行為と判断されかねない。

(二) 被告は、原告らに対し、賃金規定に定められたとおり計算し、時間外労働等に対する割増賃金を含めた賃金を支払っている。

二  原告らの時間外労働等の時間数

1 原告ら

(一) 原告らは、各自が日々の自分の出勤、退勤時刻等をチェックし、次のとおりの方法で時間外労働及び深夜労働の時間を計算した。その結果は、別紙原告らの就労時間等一覧表(略)記載のとおりである。

(1) 休憩時間

日勤の場合は一時間、隔日勤務の場合は二時間を休憩時間の基準時間とし、右基準時間より少ない休憩をとったとしても基準時間の休憩をとったものとし、基準時間より多く休憩をとった場合は実際の時間を休憩したものとした。

(2) 残業時間

日勤の場合一勤務八時間が所定内労働時間であり、それを超える時間が残業時間となる。隔日勤務の場合一勤務一六時間が所定内労働時間であり、それを超える時間が残業時間となる。

(3) 深夜労働時間

午後一〇時から翌朝午前五時までの間に実際に労働した時間が深夜労働時間である。

(二) タコメーターについて

タコメーターが動いていない時間帯も労働をしていないわけではない。

タクシー乗務員の仕事は、単にタクシーを走らせることにとどまらない。客待ち、配車待ちのために待機する、また客を送り届け、客が仕事を済ませるまで現地で待機し、再度客をもとの場所まで送るというようなこともあり、これは被告の指揮監督下にある労働である。

2 被告

(一) 被告は、三六協定を遵守するため、乗務員に対し、始業、終業及び休憩時間を遵守し、所定の休憩はとるよう指示し、これを乗務員に、朝礼においてもしくは個別に再三指導していた。したがって、原告らが右始業もしくは終業の時刻を遵守せず始業より前の勤務もしくは終業より後の勤務を行ったとしても、この勤務は被告の指揮命令に従った労働ではない。また、仮に所定の休憩時間をとらずに勤務したとしても、これも指揮命令に従った労働ではない。

(二)(1) 出勤、退社時間

被告における出勤、退社時間は次のとおりである。

始業時刻 終業時刻

隔日勤務者

隔日勤務の日 午前八時 翌日午前五時

(平成六年五月以降の終業時刻は翌日午前四時である。)

日勤の日 午前八時 午後九時

日勤者

原告月岡公美 午前九時 午後一〇時

原告杢保功 午前七時 午後八時

(2) 休憩時間

被告における休憩時間は次のとおりである。

隔日勤務者

隔日勤務の日 三時間(うち一時間は深夜)

日勤の日 二時間

日勤者

原告月岡公美 二時間

原告杢保功 二時間

(3) 勤務時間、時間外労働、深夜労働

被告における勤務時間等は次のとおりである。

勤務時間 深夜労働

隔日勤務者

隔日勤務の日 一八時間 六時間

(平成六年五月以降はそれぞれ一七時間と五時間である。)

日勤の日 一一時間 なし

日勤者

原告月岡公美 一一時間 なし

原告杢保功 一一時間 なし

(4) 原告らの時間外労働時間は次のとおりである。

隔日勤務者

平成二年一二月から平成三年三月まで 月平均三八時間

平成三年四月から平成四年一一月まで 月平均四七時間

平成四年一二月から平成六年四月まで 月平均三八時間

平成六年五月から平成六年一〇月まで 月平均三六時間

日勤者

平成二年一二月から平成三年三月まで 月平均七九時間

平成三年四月から平成四年一一月まで 月平均八八時間

平成四年一二月から平成六年一〇月まで 月平均八八時間

第三判断

一  当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

1  当事者

(一) 被告

被告は、一般乗用旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー業)を営む有限会社である。被告の現代表者は、平成元年四月一日に就任した。

(二) 原告ら

原告らは、被告にタクシー乗務員として雇用されたもので、別紙請求額一覧表(一)及び(二)の入社年月日欄記載の時期に被告へ入社し稼働している。ただし、原告杢保は平成四年一一月一三日に被告を退社した。

2  被告の就業規則及び賃金規定

(一) 就業規則

被告には就業規則が作成されており、昭和五五年五月二九日に徳島労働基準監督署(以下「労基署」という。)に提出された。右規則の三六条では「従業員の賃金は、別表賃金規則に依る。有期雇用契約者の賃金についても、別表賃金規則による。」と規定されている。

(二) 賃金規定

(1) 被告には右就業規則を受けた形で賃金規定が作成されており、現行の賃金規定は平成元年に改訂されたものである。改訂前の賃金規定には次のとおりの記載がある。

「第七条 責任額

交替者 日勤者

旧 二四万円 二七万円

新 三三万円 中型三八万円

小型四〇万円

固定給 固定給については従来通り

交替者 日勤者

基本給 二〇、〇〇〇円 二〇、〇〇〇円

時間外 二三、〇〇〇円 三五、〇〇〇円

深夜(日勤) 一五、〇〇〇円 三、〇〇〇円

愛車手当 五、〇〇〇円 五、〇〇〇円

無事故手当 五、〇〇〇円 五、〇〇〇円

皆勤手当 二、〇〇〇円 二、〇〇〇円

第八条

4 責任額を達成できない者は売上の四〇%を支給する。

但し、給与の配分構成は第七条の割合とする。

責任額を達成出来た人につぎの歩合給を支給する。

一五万~二〇万=五万…×四〇%…二万

二〇万以上…×四五%

(例)売上を四〇万と仮定する

固定給(七〇、〇〇〇)+歩合給(一一〇、〇〇〇)=一八万円

賞与について(略)」

(2)<1> 平成元年に改訂された賃金規定には次のとおり規定されている。

「第四条 (賃金締切日および支払日)

賃金は、当月一日から起算し、当月末日に締切って計算の上、翌月五日に支払う。但し、日雇者の賃金はその日に計算して支払うものとする。(以下省略)」

「第一四条 (乗務員賃金の構成)

乗務員の賃金の構成は、基本給等と出来高給の併用とする。具体的には次のとおり。

(1) 基本給等

1 基本給

2 皆勤手当

3  無事故手当

4  愛車手当

(2) 出来高給

5  歩合給

(3) 基準外賃金(基本給等に対するもの+歩合給に対するもの)

6  時間外勤務手当

7  深夜勤務手当

8  休日勤務手当

<2> 前項各号の支給金額及び計算方法は、原則として別に定める勤務体系により、それぞれ定める。」

<2> そして、右賃金規定の別表一(乗務員賃金)において、乗務員の一か月の賃金の金額及び計算方法を次のとおり定めている。

賃金=基本給等+出来高給+基準外賃金

ア 基本給等

基本給等には次のものが含まれる。

基本給(二万円)、皆勤手当(二〇〇〇円)、愛車手当(五〇〇〇円)、無事故手当(五〇〇〇円)

イ 出来高給(歩合給)

出来高給(歩合給)とは日勤者及び隔勤者の歩合給で、その計算方法は次のとおりである。

歩合給額=(一ヶ月の営収額(出来高)-基本給等対応額)×歩合率

そして、右計算式の中の基本給等対応額及び歩合率とは次のとおりである。

基本給等対応額=(当月の基本給等+基本給等に対応する割増賃金)÷(当月勤務体系別営収額に対応する概算支給率)

歩合率=勤務体系別一ヶ月の営収額(出来高)区分に対応する割合

支給率=勤務体系別一ヶ月の営収額(出来高)区分に対応する概算割合

勤務体系別の概算支給率は次のとおりである。

<省略>

勤務体系別の歩合率は次のとおりである。

(1) 日勤の場合

<省略>

(2) 隔勤の場合

<省略>

ウ 基準外賃金

基本給等に対する割増賃金(賃金規定第一一条の規定によるもの。)は次のとおりである。

時間外労働割増賃金=基本給等÷一ヶ月平均所定労働時間数×一・二五×時間外労働時間数

深夜労働割増賃金=基本給等÷一ヶ月平均所定労働時間数×〇・二五×深夜労働時間数

休日労働割増賃金=基本給等÷一ヶ月平均所定労働時間数×一・二五×休日労働時間数

歩合給に対する割増賃金(賃金規定第一八条の二の規定によるもの。)

時間外勤務手当=歩合給÷一ヶ月の総労働時間数×〇・二五×時間外労働時間数

深夜勤務手当=歩合給÷一ヶ月の総労働時間数×〇・二五×深夜労働時間数

休日勤務手当=歩合給÷一ヶ月の総労働時間数×〇・二五×休日労働時間数

<3> 右賃金規定の別表二(乗務員勤務体系別)において、乗務員の勤務時間を次のとおり定めている。

始業時間 終業時間 休憩時間

日勤

<1> 七時 二〇時 二時間

<2> 九時 二二時 二時間

隔勤

勤務A 八時 翌日五時 三時間

勤務B 八時 二一時 二時間

(3) 右賃金規定は平成四年四月一日付けで改訂されたが、改訂により概算支給率及び歩合給支給率は次のとおりとなった。

<1> 勤務体系別の概算支給率は次のとおりである。

<省略>

<2> 勤務体系別の歩合率は次のとおりである。

(1) 日勤の場合

<省略>

(2) 隔勤の場合

<省略>

3 被告の支給した賃金等

(一) 原告らは、被告に就職するに当たって、賃金については、総水揚げの四五パーセントを支給する、ノルマを達成しない者は四〇パーセントを支給するなどと説明を受けた。被告代表者は、前代表者などから、平成元年に就任する以前の乗務員の待遇について、全労働日を出勤した者に対しては支給率が四五パーセント、欠勤、事故、違反などがあれば賃金カットできるなどと聞いていた。

(二) 被告は、昭和六三年九月以前も、原告らに賃金の内訳を記載した給料明細を毎月交付していたが、例えば隔日勤務者である原告藤岡泰廣の昭和六二年の給料明細には、当該月の水揚高、歩合給の記載の外、「基本給」、「時間外残業」、「無事故手当」、「皆勤手当」、「愛車手当」、「深夜(日勤)」などの記載があり、何らかの事情で勤務日数が少なかったと認められる二月を除き、これらにはそれぞれ二万円、二万三〇〇〇円、五〇〇〇円、二〇〇〇円、五〇〇〇円、一万五〇〇〇円と、水揚高の額にかかわらずほとんど毎月同額の記載がある。そして、毎月の水揚高に対する賃金の割合をみると、一月は四四・九パーセント、勤務日数が少なかったと思われる二月は四〇パーセント、三月は四四・九パーセント、四月は四四・九パーセント、五月は四五パーセント、六月は四四・九パーセント、七月は四五パーセント、八月は四四・九パーセント、九月は四五パーセント、一〇月は四五パーセント、一一月は四四・九パーセント、一二月は四五パーセントである。

(三) 被告は、昭和六三年にコンピューターを導入し、同年一〇月から賃金明細書の形式を変更した。その後、平成元年には、前記のとおり、賃金規定を改訂した。この賃金規定の改訂に際して、被告の従業員である船越惠行及び土橋治の意見書が添付されている。しかし、右両名を従業員の代表者として選任する手続きはとられていない。

形式変更後で、右賃金規定改訂後の明細書の記載をみると、例えば同じく原告藤岡泰廣の平成三年六月から一一月までの給与支給明細には、当該月の水揚高、歩合給の記載の外、「基本給」、「無事故手当」、「愛車手当」、「皆勤手当」などの記載があり、これらにはそれぞれ二万円、五〇〇〇円、五〇〇〇円、二〇〇〇円と、毎月同額の記載がある。そして、有給手当を差し引いた毎月の水揚高に対する賃金の割合をみると、六月は四四・七パーセント、七月は四四・九パーセント、八月は四四・九パーセント、九月は四四・九パーセント、一〇月は四四・九パーセント、一一月は四四・九パーセントである。

(四) また、被告は、前記のとおり、平成四年四月一日に賃金規定を改訂したが、改訂後の明細書の記載をみると、同じく原告藤岡泰廣の平成四年六月から一一月までの給与支給明細には、平成三年六月から一一月までのものと同様の記載があり、有給手当を差し引いた毎月の水揚高に対する賃金の割合をみると、六月は四六・七パーセント、七月は四六・七パーセント、八月は四六・三パーセント、九月は四七・〇パーセント、一〇月は四六・七パーセント、一一月は四七・〇パーセントである。

4 原告らの労働時間

(一) 被告が平成元年に改訂した賃金規定には別表で勤務時間表が規定されているが、従業員の実際の出勤、退社は右の勤務時間表と無関係に行われていた。

(二) タクシー乗務員の勤務形態においては、客を乗車させて走行している時間の外、実際にはタクシーを走行させない場合として、車庫での待機、路上での客待ち、乗客を目的地まで乗車させ、その客をまた乗車させるために待機するなどの場合があり、これらもタクシー乗務員の勤務の内容となっている。

(三) 原告らが、平成二年一二月から平成六年一〇月まで、タクシー乗務員として就労した時間は、各月につき少なくとも別紙原告らの就労時間等一覧表(略)記載のとおりである。

5 労基署の是正勧告

なお、労基署は、平成四年ころ、被告に対し、被告の賃金規定の時間外・深夜・休日労働割増賃金の支払形態が、基本給に対する割増賃金を計上しながら、約九〇パーセントの基本給に対する割増賃金相当額を差し引くことにより、実質的には基本給割増賃金の大部分を支払わない賃金形態となっており、労基法三七条に違反しているとして是正の勧告をした。

二  原告らに対する割増賃金の支払の有無について

以上認定したとおり、原告らが被告に入社した際に受けた説明、時間外労働や深夜労働に対して固定給とすると定められていたこと、また、実際にノルマが達成された場合にはほぼ四五パーセントの賃金が支払われていたことなどの事実からすると、原告らは、平成元年に賃金規定が改訂される以前、一か月の総水揚高に対して、ノルマが達成された場合は四五パーセント、達成できなかった場合は四〇パーセントの割合の賃金の支給を受けていたもので、事故を起こしたかどうかなど、限定された事由による定められた金額を減額される場合を除いては、原則としてオール歩合給の賃金の支給を受けていたものというべきである。そして、前記のとおり、賃金規定は平成元年に改訂され、さらに平成四年に再度改訂されたが、右賃金規定によると、乗務員の賃金は、基本給等及び歩合給の外、基本給等に対する割増賃金及び歩合給に対する割増賃金が支払われることが定められているものの、実質的には水揚高に対する一定の割合の賃金が支払われているものである。すなわち、平成四年改訂後の規定でこれを検討すると次のとおりとなる。

<1>  隔勤者の場合

基本給等=K、営収額=E、基本給等に対する割増賃金=W、歩合給に対する割増賃金=B、一か月の所定労働時間=A、時間外労働時間=a、深夜労働時間=bとする。ノルマは達成したものとし、その場合の概算支給率四七パーセントと歩合給支給率四一・七八パーセントを代入することとする。

賃金=K+{E-(K+W)÷0.47}×0.4178+W+B

≒K+(0.42E-0.88K-0.88W)+W+B

=(1-0.88)K+0.42E+(1-0.88)W+B

=0.12K+0.42E+0.12W+B

=0.12K+0.42E+0.12W+{E-(K+W)-0.47}×0.4178×0.25(a+b)÷(A+a)=0.12K+0.42E+0.12W+(0.42E-0.88K-0.88W)×0.25(a+b)÷(A+a)

≒0.12K+0.42E+0.12W+0.1(a+b)÷(A+a)E-0.22(a+b)=(A+a)K-0.22(a+b)÷(A+a)W

={0.12-0.22(a+b)÷(A+a)}K+{0.42+0.1(a+b)÷(A+a)}E+{0.12-0.22(a+b)÷(A+a)}W

以上のとおりとなる。そして、この一か月の所定労働時間、時間外労働時間及び深夜労働時間に具体的な数字を入れて計算してみると、次のとおりとなる。例えば、原告藤岡泰廣の平成四年一一月の勤務時間で計算すると、被告の主張するとおりであったとしても、総労働時間数は二三八時間、所定外労働時間数は四七時間、深夜労働時間数は七二時間であるから、これをA、a及びbにあてはめてみると、

A+a=238、a=47、b=72

(a+b)÷(A+a)=(47+72)÷238=0.5

これを右の計算式にあてはめると、

賃金=(0.12-0.22×0.5)K+(0.42+0.1×0.5)E+(0.12-0.22×0.5)W

=0.01K+0.47E+0.01W

=0.47E+0.01K+0.01W

となる。したがって、正確な数値とはいえないが、Kすなわち基本給等は三万二〇〇〇円であるから〇・〇一倍すると三二〇円となるし、Wすなわち基本給等に対する割増賃金は通常基本給等よりも大きくなることは考えられないところであるから、三二〇円よりも小さい額となり、結局、その賃金は営収額のほぼ四七パーセントとなる。そして、実際、この月の原告藤岡泰廣の水揚高及び賃金は、それぞれ四九万一九三〇円及び二三万一二一八円(四七・〇〇二二パーセント)である。

<2>  日勤者の場合

右隔勤者と同様にして、ノルマは達成したものとし、その場合の概算支給率四七パーセントと歩合給支給率四三・五七パーセントを代入することとする。

賃金=K+{E-(K+W)÷0.47}×0.4357+W+B

≒K+(0.44E-0.92K-0.92W)+W+B

=(1-0.92)K+0.44E+(1-0.92)W+B

=0.08K+0.44E+0.08W+B

=0.08K+0.44E+0.08W+{E-(K+W)÷0.47}×0.4357×0.25(a+b)÷(A+a)

=0.08K+0.44E+0.08W+(0.44E-0.92K-0.92W)×0.25(a+b)÷(A+a)

≒0.08K+0.44E+0.08W+0.1(a+b)=(A+a)E-0.23(a+b)÷(A+a)K-0.23(a+b)÷(A+a)W

={0.08-0.23(a+b)÷(A+a)}K+{0.44+0.1(a+b)÷(A+a)}E+{0.08-0.23(a+b)=(A+a)}W

以上のとおりとなる。そして、この一か月の所定労働時間、時間外労働時間及び深夜労働時間に具体的な数字を入れて計算してみると、次のとおりとなる。例えば、原告月岡公美の平成四年一一月の勤務時間で計算すると、被告の主張するとおりであったとしても、有給の計算は別として、総労働時間数は二七九時間、所定外労働時間数は八八時間であるから、これをA、a及びbにあてはめてみると、

A+a=279、a=88

(a+b)÷(A+a)=88÷279≒0.32

これを右の計算式にあてはめると、賃金=(0.08-0.23×0.32)K+(0.44+0.1×0.32)E+(0.08-0.23×0.32)W

≒0.01K+0.45E+0.01W

=0.47E+0.01K+0.01W

となる。したがって、正確な数値とはいえないが、その賃金は、やはり隔勤者と同様に、営収額のほぼ四七パーセントとなる。そして、実際、この月の原告月岡公美の水揚高及び有給手当を差し引いた賃金は、それぞれ四三万二五五〇円及び二〇万二四二一円(四六・七九七一パーセント)である。

右の計算の結果からすると、多少の誤差が出るものの、被告の支払っている乗務員の賃金は、合計ではEすなわち営収額のほぼ四七パーセントになるものと認められるのである。これに加えて、右賃金規定で定められた賃金算出の計算式及びこれに使用する概算支給率、歩合給については、被告代表者もその必要性及びその数値の根拠を十分に説明できないだけでなく、その他これらが定められた合理的な理由もみあたらないこと、実際に原告らが支給を受けてきた賃金は、前認定のとおり、ノルマ達成の場合平成四年の改訂以前はほぼ四五パーセント、右改訂以後はほぼ四七パーセントの割合であることなどの事情からみて、被告は、平成元年に賃金の計算方法を改訂するに際して、従前どおり水揚高に対する歩合率の支給とするため、最終的に本件歩合率になるように賃金規定の歩合給等の計算に用いる概算支給率、歩合率を定めたものというべきであって、右改訂によって、通常の労働時間の賃金にあたる部分と、時間外労働等の割増賃金にあたる部分とに判別しうるものになったともいえない。そうすると、被告が原告らに支払っている賃金は、その定める賃金規定によるも、結局、そのうちに時間外労働等に対する割増賃金が含まれているものということができず、被告は、平成元年に賃金規定が改訂されてからも、原告らの時間外労働等に対する割増賃金を支払ってこなかつたものというべきである。

被告は、欠勤控除もしくは不就労控除、無事故手当の控除、有給休暇をとった場合の有給額などについてオール歩合給では説明がつかない旨主張するが、前二者はペナルティーとして、最後のものは当然付与されなければならないものとして、いずれもオール歩合給を前提とした例外的な場合とみるべきものである。

そして、(証拠略)に記載されている各月の水揚高は、原告らが各自の給料明細書に基づいて記録したものであるから信用することができ、これによると、原告らの平成二年一二月から平成六年一〇月までの間の水揚高に対する本件歩合率に基づく額は、別紙原告らの就労時間等一覧表(略)記載のとおりである。

三  原告らの時間外労働等の時間数について

前認定の事実からすると、原告らの実際の出社、退社時刻は必ずしも被告の定めたとおりにされておらず、それが被告の指示によらない場合であっても、被告はこれを拒否したとは認められないし、被告の方が配車指示をして右定めどおりに出社、退社させなかったことも認められるところであるから、原告らの各月の労働時間は、別紙原告らの就労時間等一覧表(略)記載のとおりであると認められる。被告は、定められた出勤時刻、退社時刻を厳しく守らせるように注意していた、原告服部宣博は平成三年九月二九日に就労していないと各主張するが、乗務員らの出社、退社は右のとおりの事情で、被告の定めるとおり遵守されていなかったことは被告代表者も代表者尋問において認めるところであるし、原告らは割増賃金支払の交渉に使用するという目的意識を持って日々出社、退社時刻等をチェックしていたというのであるから、その記録は十分信用することができるものというべきであるから、被告の主張はいずれも採用できない。

四  以上からすると、原告らの支払を受けていない時間外労働等に対する割増賃金の額は少なくとも別紙認容額一覧表(一)及び(二)の未払割増賃金欄記載のとおりとなり、被告は、原告らそれぞれに対し、右各別紙未払割増賃金欄記載の各割増賃金及び右別紙(一)の未払割増賃金欄記載の各割増賃金に対する平成五年三月二四日から支払済みまで、同別紙(二)の同欄記載の各割増賃金に対する平成六年一一月二三日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そして、右各割増賃金の不払期間、原告らと被告との交渉の経過など、本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、労働基準法一一四条に従って、被告が、原告らに対し、それぞれ右各未払割増賃金と同額の付加金を支払うよう命ずるのが相当である。なお、被告が付加金を支払う義務は、判決の確定によって生じるものというべきであるから、これに対する遅延損害金は認められない。

五  よって、原告らの請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朴木俊彦 裁判官 近藤壽邦 裁判官 善元貞彦)

別紙 認容額一覧表(一)(平成二年一二月から平成四年一一まで)

<省略>

別紙 認容額一覧表(二)(平成四年一二月から平成六年一〇まで)

<省略>

別紙請求額一覧表(一)

<省略>

別紙請求額一覧表(二)

<省略>

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